サステナブルな
暮らし
Tips in 徳島

Sow seeds〔 種を蒔く 〕

食をつなげる
地産地食のまち

SDGs先進県として世界から注目されている徳島県。
その言葉を日本に広めた神山町は、
人口減少で存続さえ危ぶまれる過疎のまちである。
にもかかわらず、たえず新しいものが生まれているのはなぜか。
それを支えているのが「人」と「食」だった。

photo_Mai Kise text_Nobuko
Sugawara (euphoria factory)

さらに進化した神山町へ

徳島市内から車で約1時間。緑豊かな山に囲まれた国道を走りつづけると、神山町を流れる鮎喰川(あくいがわ)が見えてきた。

まずは食の神様にお参りをしようと、上一宮大粟(かみいちのみやおおあわ)神社へ向かう。祀られているのは食の女神、大宣月比売命(おおげつひめのみこと)。大きな鳥居をくぐり、長い石階段を上って参拝する。さらに裏山へ登り、ひらけた場所から鮎喰川と町並みを見下ろすと、神山が山あいの小さなまちであることがわかる。神山町を語るときのトピックには移住やサテライトオフィスなどもあるが、今春の話題は〈神山まるごと高専〉の開校。このまちで、新しいものが生まれつづけるのはなぜか。その答えを探しにいく。

食の神を祀る上一宮大粟神社。

江田の棚田と暮らしをつなぐ〈エタノホ〉

棚田の風景を守るため実践する
「農ある暮らし」

かま屋や町役場のある神領(じんりょう)地区を経てさらに奥へ。人口約30名という江田(えた)集落で、昔ながらの方法で米づくりや地域活動をしている団体を紹介してもらった。植田彰弘さん、千寿美さん夫妻、兼村雅彦さんの3人で活動するエタノホだ。

エタノホの活動は、おもに減農薬、無化学肥料、天日干しでつくる棚田米の栽培。棚田の地形上、必要な機械がつかえないので手作業も多い。江田の棚田は川からの水路を共有しているため、水を引くときは他の田の取水口を堰(せ)き止めなければならない。全10世帯の生活様式を把握し、調整することなしに田んぼは耕せないのだ。

左/江田集落の棚田の風景。3月下旬から4月中旬にかけては菜の花が咲き、あたり一面黄色に染まる。右/エタノホの3人。植田彰弘さん(写真右)が〈神山塾〉の3期生で、千寿美さんが5期生、兼村雅彦さんが6期生として出会った。兼村さんは神山町に地域留学をしている高校生たちの寮〈あゆハウス〉のスタッフでもある。

「蛇口をひねれば水が出るわけではない。自分たちの米づくりさえできればいいというわけではないことを江田で教えてもらいました。ここで食べ物をつくるには、他の人の暮らしも理解して、いい関係性を築かないとできません。その学びが原点にあるから、大量生産大量消費ではなく、つくられたものをいただくことをありがたく感じられるようになりました」

現代的な暮らしとは正反対のようでも、手間をかけることでしか得られないもの、感じられないことがある。彼らの目下の願いは仲間を増やすこと。「次世代に伝えていけるように、きっかけづくりなどを積極的にやっていきたいと思っています」

エタノホ

神山町の江田集落で、米づくりを中心とした「農ある暮らし」を実践。高齢化により農業従事者が減少するなかで棚田を再生し、伝統的な手法で米づくりをつづけている。

名西郡神山町上分字江田127-2

www.etanoho.com/

[Education]

城西高校神山校

神山校独自のプログラムに、「神山創造学」というオリジナルの授業がある。社会人講師を授業に招き、学校を出て神山町の課題や現実を知るのが目的だ。そのひとつとして、耕作放棄地を高校生たちが開墾した〈まめのくぼ〉でのそばや神山小麦の栽培、神山町の棚田(写真左)の景観の特徴である石積み(写真右)などを、年間を通して体験する授業がある。作物をつくるための環境を地道に整え、先輩から渡されたバトンを後輩へとつないでいく。

[Food]

NPO法人 まちの食農教育

フードハブ・プロジェクトの食農教育部門が2022年にNPOとして独立。子どもたちの農業体験をつうじて、「食」への関心を育てようと学校と連携しながらプログラムを企画、実施している。

樋口明日香さんは2016年にフードハブの設立後まもなく参加。かまパン&ストアの立ち上げを経て、城西高校神山校の文化祭でお弁当づくりをしたり、小学生と米づくりを行ったりと、フードハブの食育部門担当として地域の農業者と学校をコーディネーターとしてつないできた。それをより幅広く行うためにNPOとして独立。神山まるごと高専にも「食と農」で関わっていく。

写真は鮎喰川を背景に、代表理事の樋口さん(右)と、理事・事務局長の安東迪子さん(左)。

www.shokuno-edu.org

フードハブ・プロジェクトについてはこちらもご覧ください。

[Food]

神山町役場 学校給食センター

長く県外の業者が携わっていた神山町の学校給食を、調理体制の確保や食の安全性、災害時の対応などをふまえて、2022年度からフードハブ・プロジェクトが受託するように。給食の食材はなるべく地元産でという目標があり、2022年度の統計(全2回)は76.1%と68.1%だった。「課題が見えたことが収穫です」と、学校給食センター所長の高橋成文さん。つくる人、食べる人の顔が見える関係性が築かれることで、子どもたちの食への関心の高まりが期待される。

[Community]

鮎喰川コモン

神山町で暮らしたい人が増え、町も歓迎したいが、あらたに家を建てられる土地や借りられる家が少ない。その解決策として、神山町の森林資源を活用し、町内の建築士と工務店でつくる町営の集合住宅プロジェクトにより2021年3月に完成したのが〈大埜(おのじ)地住宅〉(写真左)。

隣接する共同コミュニティスペース〈鮎喰川コモン〉(写真右)は、放課後の遊び場や、図書館的役割を担う空間として、地域のみんなで子どもを育てるリビングルームのような場として賑わう。

名西郡神山町神領字大埜地374-1

050-2024-4990

[Education]

神山まるごと高専

起業家の育成を目指す高等専門学校として2023年4月に開校。全寮制で、学費は5年間無料! テクノロジーとデザイン、起業家精神を学べる高専として注目を集めている。大学受験用の勉強に中断されることなく、自分が社会に出るための勉強に集中できる環境が整う。校舎は「オフィス」(写真左)と呼ばれ、寮は旧・神山中学校舎をリノベーションした「ホーム」。給食はフードハブ・プロジェクトが担当する。事務局長の松坂孝紀さん(写真右)は、「新しく社会に変革を及ぼしていけるような人材を育てたい。

ようやく、そのスタート地点に立ちました。国道沿いに『高専を歓迎します』という横断幕が掲げられていますが、あれは神山町の皆さんが自発的に行ってくれたこと。うれしいですね」。1期生は44人で、初年度の受験倍率は9倍だったという。

名西郡神山町神領字西上角

088-677-1776

kamiyama.ac.jp/

若者を応援する風土と食への理解を深める教育

「神山町には、新しいことを受け入れてくれる土壌があると思います」

いよいよ2023年4月に開校する〈神山まるごと高専〉事務局長の松坂孝紀さんは力強く言った。日本で19年ぶりに新設される高専で、クリエイティブな起業家を育てるというコンセプトが話題を集めている。なぜ神山町だったのか、には明確な答えがある。

「神山町がこれまで育んできたものが、本校のビジョンとマッチしていました。神山町は30年もの時をかけて独自の文化風土をつくってきた。われわれはその肥沃な土壌で、社会に変革を及ぼしていく人を育てていきたいと考えています。一般の学校では浮いてしまうような学生も、のびのびと学べる理想的な環境が神山町だったんです」

この高専の給食を担当するのはフードハブ・プロジェクト。生産者が近くにいて、調理師の顔が見えて、身近に豊かな食環境があることを知るのは、学生にも有意義に違いない。

「地産地食を掲げるフードハブ・プロジェクトが関わることは神山町にとって追い風だ」と語るのは、NPO法人〈まちの食農教育〉代表で前出の樋口明日香さん。小学校教員だった経験から、給食を変えることの難しさを痛感しており、だからこそ給食が変われば他のものごとも変わると信じ、日々奔走している。

学校のなかからは難しくても、外側からであれば変化に携われるのではないか。初めはフードハブのスタッフとして、先生に向けたスタディツアーのなかで課題や希望をヒアリングしたが、地産地食は地域みんなで合意形成しながら行っていくもので、フードハブ・プロジェクト以外の農家とも関わっていくからと、独立してNPOを立ち上げた。高専とも、学校と地域のつながりを強くしていくために協働したいと意気込む。

「神山町には新しいものごとがほどよく生まれる状況があると感じます。新陳代謝が活発で、若い人たちを応援する風土があるんです」

過疎化も教育問題も、費用を投じれば解決する話ではない。タネをまくにはまず雑草を抜いて土を耕さなければならないし、収穫するには待つ時間が必要だ。学校も、子どもも、地域も同じ。タネをまきつづける彼らの取り組みは、未来を信じているからにほかならない。

上一宮大粟神社本殿の裏山に登り、見晴らしのいい場所から見た神山町。

「FRaU S-TRIP 2023年4月号 もっともっと
サステナブルな『徳島』へ」講談社刊より

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